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ユニクロ

株式会社ユニクロ(英:UNIQLO CO., LTD)は、「UNIQLO(ユニクロ)」の店・ブランド名で、実用(カジュアル)衣料品の生産販売を一括して展開する日本の会社である。

登記上の本店を山口県山口市佐山に、実質的本社となる東京本部を東京都港区赤坂(ミッドタウン・タワー)に置いている。ファーストリテイリングの完全子会社。

沿革

開店

1984年6月2日、それまで山口県宇部市で「メンズショップOS」(1992年4月までに全店閉店またはユニクロに改装)の名称で男性向け衣料品を取り扱っていた小郡商事が、広島市中区袋町にユニセックスカジュアル衣料品店「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」(UNIQUE CLOTHING WAREHOUSE)を開いたのが始まり。なお、この1号店は現存しない。

ユニクロの呼称はこの店舗名の略称が元になっているが、当初略称の英文綴りはそのまま「UNI-CLO」であった。1988年、香港に現地法人を設立した際、会社登記の書類に略称の「UNI-CLO」を書き間違えて「UNI-QLO」と記入して登録してしまったことがきっかけで、そのまま英文綴りを「UNI-QLO」に変更した商標が採用されることとなった。

広島への開店当初は小林克也を起用し、広島ローカルでCMを打った。開店以来、ワインレッドをシンボルカラーとした白抜きのロゴタイプを用いているが、かつてはこれと別に手を繋いだ男女のシルエットをモチーフとしたシンボルマークが存在した。1991年9月、社名をファーストリテイリングに変更。

利益拡大と海外進出

元々は、ナショナルブランド衣料品の小売店であった。アメリカン・スタイルの倉庫風の建物内にクラシックな映画ポスターや有名スターのポートレイトを展示した特徴的な店舗(右記写真の店舗例2の姪浜店参照)を全国に展開し、またいち早く中国に優良な工場を持ち、低価格で調達するモデルを構築。その点では、メジャーになる前から業界筋の間で知られていた。

1997年頃から、アメリカの衣料品小売店、GAP(ギャップ)をモデルとした製造型小売業 (SPA)への事業転換を進め、経済の状況にマッチした低価格・高品質商品の展開、また広告代理店と提携、クリエイティブディレクターにタナカノリユキを招き明確なメッセージを発信したPRなど、戦略を次々と刷新。そして1998年、2 - 3万枚売ればヒットと言われるフリースを目標200万枚、1999年には850万枚でいずれも完売。2000年秋冬にはCMモデルに松任谷由実らを起用し51色に展開、2,600万枚という驚異的セールスを樹立した。この現象は「フリース旋風」と評され、衣料品流通業の革命を席巻し社会現象を起こす。2001年8月期には売上、経常利益ともピークに達し、イギリスへ進出した。

業績の低迷、買収による業績回復

2002年頃から日本では在庫が急増、英国での業績も振るわず2002年、2003年8月期と利益が大きく落ちこむ。その後、「theory(セオリー)」、「ナショナルスタンダード」といった国内外のブランドの買収、ファッション雑誌との共同企画(コラボレーション)商品の開発、藤原紀香など有名タレントの起用、外部デザイナーなどとの提携などのテコ入れが行われ、2004年度には業績が上向いた(現在、ロンドン支店の業績は黒字に転じている)。東アジアでは、2002年9月に中国上海市に出店し、2005年9月には香港に、そしてロッテとの合弁で韓国ソウル市にも出店した。

2005年には雑誌「relax」(マガジンハウス)との共同で、東京・北青山に期間限定の「セレクロ」(セレクトショップあるいはセレブの位置付け)が開設された。また、大阪心斎橋に平均価格帯を引き上げた「ユニクロプラス」も開店したが、その後プラスの名称をはずし、現在は銀座店を中心に7店舗の大型店を運営。2006年11月には、ニューヨークのソーホーにグローバル旗艦店を出店する他、上海にもアジア旗艦店を出店し、世界進出を加速する(後述)。

2005年11月に、ファーストリテイリングは衣料品の製造・小売に関する営業を会社分割(吸収分割)によりゴルフ練習場を経営していた完全子会社のサンロード株式会社(当社)に承継させ、持株会社制に移行した。同日、サンロードは社名をユニクロに変更した。

現在の展開状況

2010年5月末現在、日本国内で約809店舗、海外で約135店舗、合計944店舗を展開している(海外店舗は、現地法人による運営)。日本国内では郊外型店舗やビルテナントとしての出店の他、1,000坪クラスの超大型店舗やユニクロを核としたショッピングセンター「ミーナ」などを展開している。

2006年11月のニューヨーク旗艦店オープンの際、店舗のクリエイティブディレクションを担当した佐藤可士和により、ユニクロの新たなロゴデザインが作成されている。新ロゴは英語表記とカタカナ表記によるもので、従来のワインレッドから赤を基調としたものとなり、2006年以降海外の新店舗を中心に展開、国内では2009年頃からCMや広告、新規店舗・リニューアル店舗でのロゴ表記などに用いられている(従前からの店舗には、引き続き以前のデザインを使用している)。

海外出店は2001年のイギリスから始まり、海外でユニクロを出店している国・地域は中国、香港、韓国、シンガポール、イギリス、アメリカ、フランス、ロシア、マレーシアと台湾となっており、グローバル化を一段と加速させている。海外ユニクロ事業は、2006年においては香港を除きほとんど赤字であったが、2008年8月期から黒字化し、2010年8月期の売上高は前年比倍増の730億円、営業利益は前年比4倍の65億円を見込んでいる。

日本国内では、2007年4月28日にはユニクロ原宿店を改装し、T-シャツ専門店「UT STORE HARAJUKU.」を新たにオープンさせた。2009年3月9日には春のパーカキャンペーンに合わせて、グラフィティマガジンズの雑誌「東京グラフィティ」とのコラボレーション雑誌「TOKYO FASHION MAP with UNIQLO」を全国で発売した。

2010年7月、バングラデシュのグラミン銀行と10月に同国で合弁会社を設立すると発表した。合弁会社「グラミン ユニクロ」をバングラデシュの首都ダッカに設立し、3年後に2,000人の雇用を目指すという。

2011年12月、売り場面積約3300平方メートル(千坪)級の「超大型店」を札幌市、仙台市、名古屋市、広島市、北九州市、福岡市、熊本市、鹿児島市の主要8都市にて新たに開業する方針を固めた。

グローバル旗艦店

グローバル旗艦店は、ユニクロにおいて最高水準の商品・ビジュアルマーチャンダイジング (VMD)・サービスなどを意識した、世界的情報発信の拠点となる大型店舗であり、2006年にニューヨークに「ソーホー ニューヨーク店」を開店して以降、ヨーロッパ・アジアの各地に展開している。2010年10月には、「世界に向けた店舗デザインやレイアウト」を特長とする“世界視点”が日本に逆輸入される形で、大阪の心斎橋にオープンした。2012年3月には9番目のグローバル旗艦店を東京・銀座にオープン予定(現在の銀座店の移転開店)。

  • ソーホー ニューヨーク店(ニューヨーク・ソーホー地区) - 2006年11月10日オープン。
  • 311オックスフォードストリート店(ロンドン・オックスフォード・ストリート) - 2007年11月7日オープン。
  • パリ オペラ店(パリ・2区オペラ地区) - 2009年10月1日オープン。
  • 上海 南京西路店(上海・静安区南京西路街道) - 2010年5月15日オープン。
  • 心斎橋店(大阪市中央区心斎橋) - 2010年10月1日オープン。
  • 明曜百貨店(台北市大安区忠孝東路四段) - 2011年9月23日オープン。
  • ニューヨーク5番街店(ニューヨーク・マンハッタン5番街53丁目) - 2011年10月14日オープン。
  • 明洞中央店(ソウル特別市中区忠武路) - 2011年11月11日オープン。

歴史

1940〜1980年代

柳井がGAPなどを視察し、カジュアルウェア専門店チェーンの展開を決意した。

  • 1949年3月 山口県宇部市にて「メンズショップ小郡商事」を個人営業にて創業
  • 1963年5月 法人化し、小郡商事株式会社設立
  • 1984年
    • 6月 ユニクロ第1号店を広島市中区に出店
    • 9月 柳井正が代表取締役社長に就任

1990年代

生産基地・中国の工場管理を強化し、SPA化を進めた。300店舗到達を機に多角化に着手したが、失敗。本業でも既存店の売上げ低迷が続いた

  • 1991年9月 行動指針を表象するため、商号を小郡商事株式会社から株式会社ファーストリテイリングに変更
  • 1992年4月 直営店舗数が50店舗を超える(直営店53店舗、フランチャイズ店7店舗)
  • 1994年4月 直営店舗数が100店舗を超える(直営店109店舗、フランチャイズ店7店舗)
  • 1995年3月 直営店舗数が150店舗を超える
  • 1996年3月 直営店舗数が200店舗を超える(直営店205店舗、フランチャイズ店10店舗)
  • 1997年
    • 4月 東京証券取引所第2部に株式上場
    • 11月 直営店舗数が300店舗を超える(直営店305店舗、フランチャイズ店11店舗)
  • 1998年
    • 11月 東京初の都心型店舗を東京都渋谷区に出店(ユニクロ原宿店・現ユーティー ストア ハラジュク)
    • 12月 フリースを200万着販売
  • 1999年
    • 2月 東京証券取引市場第1部銘柄に指定
    • 4月 SS(スーパースター)店長制度を発足
    • 7月 アメリカの広告代理店、Wieden+Kennedy社と提携し、ブランド構築を開始
    • 9月 新たな販売チャンネル開拓のため、カタログによる通信販売業務の試験的運用を実施
    • 11月 1,900円フリースを800万着販売

2000年代

従来のパターンを止め、グローバル企業の経営方式を採用した。経営陣の若がえりを図り、単品をベースにしたマーチャンダイジングと現代的なマーケティングを展開することによって、大量生産・販売の高収益体制を構築した。

  • 2000年
    • 4月 直営店舗数が400店舗を超える(直営店417店舗、フランチャイズ店12店舗)
    • 6月 海外におけるユニクロ展開の布石として、イギリスに子会社を設立
    • 10月 インターネット通信販売を開始
    • 12月 東日本旅客鉄道及び東日本キヨスク(現JR東日本リテールネット)との業務提携により、新小型店舗第1号店ユニクロキヨスク新宿南口店をオープン
  • 2001年
    • 4月
      • JOC(財団法人日本オリンピック委員会)オフィシャルパートナーシップに合意
      • 直営店舗数が500店舗を超える(直営店503店舗、フランチャイズ店12店舗)
    • 8月 ユニフォーム・チームウェア事業を開始
    • 9月 日本国外初の出店となるイギリスユニクロ店4店舗をオープン
  • 2002年
    • 4月 デザイン機能強化のため、ユニクロデザイン研究室を東京都港区青山に設立。デザインに特化した独立組織で、元イッセイミヤケ社長の多田裕を室長に起用
    • 8月 インターネット店、モバイル店で特別サイズの商品の販売を開始
    • 11月 社長が玉塚元一常務に交代し集団指導体制へ。柳井が代表取締役会長兼CEOに
  • 2005年
    • 7月 玉塚社長を解任。柳井が社長に復帰。
    • 9月 ニュージャージー州にアメリカへの初店舗を出店
  • 2006年
    • 11月10日 ニューヨーク・ソーホーに1,000坪の広さを誇るグローバル旗艦店をオープン。
    • 12月8日 アジア最大級の旗艦店となる「ユニクロ 上海正大広場店」を、上海・浦東地区の正大広場にオープン。
  • 2007年
    • 12月14日 ユニクロのフランス第1号店がオープン、この店舗はユニクロのブランドメッセージを伝える「コンセプトショップ」としての位置付けであった。
  • 2008年
    • 3月29日 中国本土へ2年ぶりの再出店となる「ユニクロ北京西単店」を北京・西城北大街にオープン。
  • 2009年
    • 4月9日 シンガポールのタンピネス地区に初出店。この出店は、不動産会社のWing Tai Holdingsと共同出資で出店される。
  • 2010年
    • 10月 JR九州リテールとの業務提携によりユニクロ博多デイトス店をオープン
  • 2010年
    • 4月2日 ロシア1号店となる「ユニクロ アトリウム店」をモスクワに開店。
    • 4月 株式会社GOVリテイリングの会社分割により、同社の靴小売事業を承継。
    • 8月 靴小売事業の店舗ブランドを「CANDISH」に統一。商品ブランドも「CANDISH」「UNIQLO SHOES」の2つに集約。
    • 10月7日 台湾1号店となる「ユニクロ 統一阪急百貨 台北店」台北のショッピングエリア信義地区にオープン。
    • 11月4日 マレーシア1号店となる「ファーレンハイト88店」をクアラルンプールのブキ・ビンタンエリアにオープン。

商品の展開・背景・影響・品質等

基本的には過度に個性のないデザインの商品が多い。SPA(製造小売業)への転換後、良品質のカジュアル衣料を低価格で提供する路線を進めてきた事もありや2,900円のジーンズなどが価格破壊の象徴としてマスメディアなどにも紹介されて爆発的にヒットしたがあまりに大量に売れ着用している人が多かったためユニクロの衣料を着用しているのが判明してしまう「ユニバレ」と呼ばれる現象が広がり)より、ユニクロ服を着ていると「ダサい」「恥ずかしい」との印象が広がり、経営悪化の原因となった

2004年頃からユニセックスや「お手頃価格」路線は堅持しつつもある程度の脱却を図り、外部と組んだメッセージ性を持つ共同企画商品の開発(特にレディース物)や買収したブランドのノウハウ移入、乳幼児向け商品の開発も行っている。

デザイナーの間でも品質の高さについて一定の評価を得ており、2006年8月から世界各国の著名デザイナーとのコラボレーションにより「デザイナーズインビテーションプロジェクト」を立ち上げ、通常数万円もするようなデザイン性の高い商品を1万円未満の低価格で販売している。ジーンズもリング製法を使ったものなどを出している。

過去に柳井自身が「ユニクロは国民服」(「多くの国民に品質の良い物を安く提供したい」との意図)等、衣服としてファッション性を軽視していると採られかねない誤解を生むような発言を行ったこともあったがニューヨークに旗艦店を立ち上げるにあたりベーシックな商品を大量に販売するスタンスは維持しつつファッション性を強めた商品を提案し、接客を重視する方向性に転換しつつある。

玉塚が社長を退き、再び柳井が社長に復帰した2006年頃から「ヒートテック」(保温性を高めた下着)や「ブラトップ」(ブラジャーのカップを内蔵したキャミソール、タンクトップなど)など機能性を重視した商品に加え女性ものの商品に力が注がれているに山田優と組んでワンピースなどを出展したりイメージキャラクターに藤原紀香を起用した「スリムボトムス」(足が細く長く見えるパンツ)を販売したりするなど、積極的に女性客の取り込みにつながる展開と商品の充実化を行いその効果が出てきたことから、以前は手薄だった女性用部門がユニクロの基幹事業へと成りつつある

ユニクロへの批判

ビジネスモデルとしてのユニクロの低価格・大量販売戦略については賛否両論がある。エコノミストの浜矩子は、「文藝春秋」2009年10月号に「ユニクロ栄えて国滅ぶ」という論文を発表、ユニクロのように企業が低価格で商品を販売することが企業の利益を縮小させ、ひいては人件費の切り下げにつながっているとしてユニクロのような経営を「自分さえ良ければ病」であると批判、「せめて安いモノを買うことが自分と他人の値打ちを互いに下げていることに思い至ってほしい」と主張している。これに対し、経済学者の池田信夫は自身のブログ上で、ユニクロの低価格モデルが相対価格の変化であり、「ユニクロは日本を滅ぼすどころか、日本企業がグローバル化するロールモデル」と浜の意見に反論している。

障害者の雇用

ユニクロで特筆されるものとして、障害者(身体障害者、知的障害者)の積極的な雇用が挙げられる。

聴覚障害者の勤務する沖縄県那覇市の店舗でのサービス向上事例をきっかけに企業の社会的責任(CSR)も兼ね、2001年頃から各店舗に最低1人の障害者を雇用する方針が打ち出された。その結果、2004年以降、障害者雇用促進法による民間企業の法定雇用率1.8%をはるかに超える7%台の障害者雇用率を誇っている。これは、従業員5,000人以上の企業では突出した高率である(2006年を対象に厚生労働省が行った調査では、従業員5,000人以上の民間企業でトップ(7.42%)。2位は日本マクドナルドの2.94%、3位はしまむらの2.83%)。

勤務する障害者は知的障害者が多く、バックヤードでの納入された商品のチェックや分別、品出し作業や開店前や閉店後の店内の清掃などの作業に従事していることがほとんどのため、一般の来店客には存在が目につかないことが多い。聴覚や視覚や肢体などの障害を持つ人も、健常者に混じって勤務している。障害者の雇用に留まらず、スペシャルオリンピックスの支援などの活動が認められ、内閣府から再チャレンジ支援功労者表彰を受けた。

その後の2008年6月時点の厚生労働省の同様の調査では、さらに比率を8.06%に高めている。常用労働者約11,000人のうち約700人の障害者が勤務しているという(雇用率としては2人分と算定される重度障害者も含め、約890人と算定されている)。2位はエームサービスの5.67%(総従業員数が5,000人に達したことから登場)、3位はすかいらーくの2.86%。

スポーツ支援

旧ファーストリテイリング時代から、アマチュアスポーツを中心としたスポーツ支援を行っていることでも知られる。

本業関連では長野オリンピック(1998年)、ソルトレイクシティオリンピック(2002年)、アテネオリンピック(2004年)とオリンピックの開会式や移動用の日本代表公式ユニフォームの提供を行ったほか、サッカーJ2ザスパ草津にも、2003年から2005年までユニフォーム提供を行っている。

社会人スポーツとしては、女子陸上競技部を有する。山口県の地場スーパー・丸久の陸上競技部を引き継いだもので、山口市の本社そばに専用のトラック・練習場を設けて活動を行っている。全日本実業団対抗女子駅伝競走大会には5回の出場を数える。

かつては、マラソンランナーの早田俊幸が社員(ユニクロ広島庚午店に在籍)として勤務していた時期もある(上記の陸上部とは別に活動を行っていた)。

2009年8月には、プロ車いすテニスプレーヤーの国枝慎吾と所属契約を締結している。また、2011年1月にはプロテニスプレーヤーの錦織圭と5年間のスポンサー契約を締結し、ユニフォームの提供などを行っている。

撤退した事業

スポーツウエア・ファミリーウエア販売
1997年から1998年にかけてスポーツウエア専門の「スポクロ」、ファミリーカジュアル専門の「ファミクロ」を立ち上げるも、細分化により業績が不安定なためユニクロに一本化して撤退。
青果販売
2002年9月から2004年3月にかけて子会社により「SKIP」(スキップ)のブランドで野菜果実の会員制宅配事業を実施。ユニクロ店舗で会員加入促進を行うも採算が合わず撤退。
靴小売専門店
2010年4月1日にグループ内のGOVリテイリング(現・ジーユー)が手がけていた靴専門店事業について、専門店の店舗ブランド「CANDISH」とユニクロ店舗で扱う靴部門「UNIQLO SHOES」に再編した上で、GOVリテイリングから承継。業績回復が見込めないことから専門店事業については2011年度中に全店閉店となる予定。

主な役員

  • 柳井正:代表取締役会長兼社長 (CEO)

広告・CMに出演した有名人

  • 相沢紗世
  • 鮎川誠
  • 新垣結衣
  • ARATA
  • アンジェラ・アキ
  • 伊勢谷友介
  • イッセー尾形
  • 今井美樹
  • 上野樹里
  • オーランド・ブルーム
  • 王友良
  • 大沢たかお
  • 大杉漣
  • 大橋のぞみ
  • 加藤ローサ(カタログ)
  • 加瀬亮
  • ガレッジセール
  • Crystal Kay
  • 栗山千明
  • 黒木メイサ
  • CHEMISTRY
  • 小池栄子
  • 小出恵介
  • 高良健吾
  • 小林克也
  • 小林繁
  • 五明祐子(チラシ)
  • 桜庭和志
  • 佐藤江梨子
  • 佐藤隆太
  • シーナ
  • シャーリーズ・セロン
  • 寿里
  • JOSI(チラシ)
  • ジョン・レグイザモ(ウェブ)
  • スチャダラパー
  • 須藤元気
  • TAO
  • 武田真治
  • 多部未華子
  • ダレン・クリス(ウェブ)
  • 知花くらら
  • 千原兄弟
  • 土屋アンナ
  • 妻夫木聡
  • テリー伊藤
  • トータス松本
  • 土岐麻子
  • 仲間リサ(チラシ)
  • 長瀬智也
  • 永瀬正敏
  • 中田大輔
  • 中谷美紀
  • 中村修二
  • 夏木マリ
  • 野本かりあ
  • Bahashishi
  • はな
  • ハローキティ
  • ピーター
  • 東野翠れん
  • 東山紀之
  • ピストルバルブ
  • 黄秀一
  • 吹石一恵
  • 藤原紀香
  • BLACK BOTTOM BRASS BAND
  • フルカワミキ
  • 辺見えみり
  • 本田圭佑
  • 松下奈緒
  • 松田龍平
  • 松任谷由実
  • 松山ケンイチ
  • 松雪泰子
  • マリエ
  • 三浦皇成
  • 水木しげると目玉おやじ
  • 水原希子
  • MiChi
  • 森且行
  • 森本稀哲
  • 矢沢永吉
  • 山崎まさよし
  • 山口智子
  • 山田優
  • ユースケサンタマリア
  • 岩沢厚治(ゆず)
  • ユンソナ

エピソードなど

  • 1984年6月2日にオープンしたユニクロの1号店は初日早朝6時のオープンで、開店待ちの列を作った客に対してはユニクロが朝食としてあんパンと牛乳を無料で振る舞ったという。2009年11月21日には、ファーストリテイリング創業60周年記念の企画として、テナント内店舗などを除く全国約400店舗が朝6時開店となり、各店舗先着100名にあんパンと牛乳の朝食サービスが1日限定で復活した。当日は目玉商品を目当てに、徹夜で並んだ客もいたという。なお、2010年以降も創業記念キャンペーンとして行っている。
  • かつては「購入後の商品の返品・交換が可能」であることをアピールするために、中年の女性がレジカウンターの前で着用していたユニクロ製品を突然脱ぎ出すという大胆なCMを放映したことがある。
  • 1995年10月には、全国紙・週刊誌に「ユニクロに悪口言って100万円」という一面広告を掲載した。売上も伸び、店舗数も増えていくにつれ、商品の品質チェックがあまり行き届かなくなり、質の悪い商品を提供するケースが増えていったことへの危惧から企画されたもので、実際に約1万通のクレームが届き、1名に100万円が贈呈されたとのこと。企業がクレームを顧客満足度の向上に生かした例として取り上げられることが多い。
  • 2003年に矢沢永吉が出演し日本武道館で撮影したCMで、矢沢が靴を履いたままシートもなしに床を歩いていたことから、武道関係者から「神聖なる床の上を土足で歩くというのはいかがなものか」という抗議がユニクロに多数寄せられ、同社広報部が「迂闊だった」との声明を発表している。また、撮影に場所を提供した日本武道館にも同様の抗議が相次いだが、それにまつわる広告代理店や日本武道館の声明はないまま自然収束している。

脚注

関連項目

  • 熊木杏里 - CMソングとして、2007年の『朝日の誓い』(Wide Leg)や『ひみつ』(ヒートテックインナー)などが起用された。
  • 考える人 (雑誌) - ユニクロの協力で創刊された雑誌であり、入っている広告のほとんどが同社のものである。ユニクロを題材にした記事も毎号必ず掲載される。
  • ファストファッション
  • スマートファッション
  • UT、UJ - ユニクロが展開する主なブランドの名称。
  • ユニコーン、PUFFY、浅井健一、THE YELLOW MONKEY - 単なる広告の役ではなく、記念Tシャツなどでコラボレーションに起用されている。
  • ギャル系雑誌
  • フェアトレード・タウン
  • ジル・サンダー - ドイツのデザイナー。2009年にユニクロとのデザインコンサルティングを契約し、「+J」のブランドを提供。

ユニクロ出身の人物

  • 澤田貴司 - リヴァンプ代表取締役・代表パートナー
  • 玉塚元一 - リヴァンプ代表取締役
  • 有本均 - 元マクドナルド・ハンバーガー大学学長 バーガーキング社長 力の源カンパニー
  • 有賀誠 - 日本ヒューレット・パッカード株式会社執行役員人事統括本部長
  • 吉澤広和 - 株式会社ドーム人事総務部部長
  • 田中雅子 - 実業家、田中総研代表

外部リンク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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