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孫正義

孫 正義(そん まさよし、1957年8月11日 - )は、日本の実業家。ソフトバンクグループの創業者として知られ、ソフトバンク株式会社代表取締役社長、ソフトバンクテレコム株式会社代表取締役社長、ソフトバンクモバイル株式会社代表執行役社長兼CEO、福岡ソフトバンクホークスのオーナーなどを務める。アジアングルーヴ株式会社代表取締役社長の孫泰蔵は実弟。

創業したソフトバンク株式会社の株式21.19%を保有する筆頭株主(2011年時点)で、日本有数の資産家。
2010年末の時点で日本第4位の富豪。フォーブスの調査に基づく世界長者番付によれば、2011年11月の時点で、日本一の富豪、総資産約75億ドルとなっている。そして2012年3月の時点では総資産約72億ドルで日本富豪ランキング2位、世界富豪ランキング127位となった。

来歴

在日韓国人実業家、安本(孫)三憲・(李)玉子の次男として佐賀県鳥栖市の朝鮮人集落に出生。男ばかりの4人兄弟であった。
いわゆる通名は「安本正義」。緑ヶ丘・第二幼稚園から北九州市立引野小学校に入学、福岡市立城南中学校に転入後、1973年に久留米大学附設高等学校に入学。

司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読み、脱藩に憧れて渡米を決意し、夏休みを利用して米国カリフォルニア州にて語学研修のため4週間の短期留学。1974年に久留米大学附設高等学校を中退し、渡米(2月)。米国ホーリー・ネームズ・カレッジの英語学校(ELS)に入学。米国サンフランシスコセラモンテ高等学校の2年生に編入。3年生、4年生へと飛び級。高校卒業検定試験に合格したため、高等学校を3週間で退学(10月)。翌1975年に米国ホーリー・ネームズ・カレッジに入学。

1977年にカリフォルニア大学バークレー校経済学部の3年生に編入。さらに1979年、シャープに自動翻訳機を売込んで得た資金1億円を元手に、米国でソフトウェア開発会社の「」を設立。インベーダーゲーム機を日本から輸入。結婚。1980年にカリフォルニア大学バークレー校を卒業。学位は、学士(経済学)。日本へ帰国後、会社を設立するために福岡市南区に事務所を構えた。

1981年、福岡市博多区に事務所を移し、コンピュータ卸売事業の「ユニソン・ワールド」を設立。そして福岡県大野城市に「日本ソフトバンク」を設立。1983年における慢性肝炎での入院をきっかけに社長職を退き会長へ。1986年をもって社長職に復帰した。1990年をもって日本に帰化。

1994年にソフトバンク株式会社の株式を店頭公開。1996年には米ヤフーとソフトバンクの合弁でヤフー株式会社を設立。オーストラリアのメディア王ルパート・マードックのニューズ・コーポレーションと折半出資の合弁会社を設立し、テレビ朝日の株式の21%を取得するも、のちに朝日新聞の反発に遭って撤退するに至った。

1999年、証券市場の開設を企図し米国のナスダック・ストック・マーケットとソフトバンク株式会社が共同出資しナスダック・ジャパンプランニング株式会社を設立。翌2000年には大阪証券取引所とナスダック・ジャパンプランニング株式会社にてナスダック・ジャパン市場を開始。ソフトバンク株式会社が東京海上火災保険、オリックスとともに、日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)の株式を取得。取締役に就任した。

2001年からヤフー株式会社と共同でADSL接続サービスのYahoo! BBの提供を開始。以降、それまでのPCソフト卸、PC出版から通信に本業の軸足を移す。翌2002年にはナスダック・ジャパン株式会社が業務を停止。大阪証券取引所によりヘラクレスとして改組された。

2003年にあおぞら銀行の株式をサーベラス・キャピタル・マネジメント社に売却。翌2004年には日本テレコム株式会社を買収し、同社代表取締役会長に就任。2006年10月には同社の代表取締役社長に就任した。さらに福岡ダイエーホークスと福岡ドームをダイエーから買収し、福岡ソフトバンクホークスのオーナーに就任。続けてボーダフォン株式会社(現ソフトバンクモバイル株式会社)を買収し、同社代表執行役社長兼CEOに就任した。

2011年に東日本大震災が発生すると、義援金として個人で100億円及び2011年から引退するまでソフトバンクグループ代表として受け取る報酬の全額を寄付することを表明(後述)。
さらに福島第一原子力発電所事故を受け、自然エネルギー財団を設立,ライブドア。『東日本大震災復興支援財団』を6月に設立。

出自・系譜

  • 孫氏(安本氏) 

1947年に孫一族は南朝鮮から密航船で日本へ密入国し、正義の父である三憲によって、サラ金、密造酒、パチンコを家業として財を築いた。

 

 ∴
鐘慶
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三憲   某   某   某   女   女   真太郎
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正明  正義  正憲  泰蔵

ソフトバンクの創業

自分で考案した「音声機能付き他言語翻訳機」を当時シャープ専務の佐々木正に約1億円で売り込み、その資金を元に米国で事業を起こし、1981年には福岡で不動産・産廃業を営む母方の親戚の在日韓国人から1億円の出資を受けて日本で起業する。佐野眞一は創業時に1億円を投じた在日韓国人の親戚が個人株主としては現在も最大の株主であるとしている。孫自身を個人株主に含めれば孫が最大の株主となっている。

電話の際に自動的に安い回線を選ぶ「NCC BOX」(いわゆるLCR)をフォーバルの大久保秀夫とともに開発した(その関係で、日本におけるLCRの基本特許は孫が保有している)。大久保秀夫との交流は以後も続き、BBフォン、おとくラインの販売など、ソフトバンクグループの法人向けの営業では常にフォーバルと協力体制を取ってきた。

1994年(平成6年)7月にソフトバンク株式会社の株式を店頭公開した。

「日本ソフトバンク」名義の会社を設立したのは1981年(昭和56年)であるが、孫自身は事あるごとに「私は、福岡の雑餉隈ざっしょのくまで、アルバイト社員二人とソフトバンクを始めました」と話している。雑餉隈の雑居ビルに存在した会社は、ソフトバンクの前身にあたる「ユニソン・ワールド」という会社であったが、孫自身はこの「ユニソン・ワールド」がソフトバンクの起業だと考えていることがこの言葉から分かる。孫は同社員の前で、立ち上げた会社を「10年で年商500億の会社にする」と豪語したが、これを聞いた二人は孫の可能性を信じることが出来ず非現実的な法螺話と受け取り、彼の力量を見限って辞めてしまったという話がある。

エネルギー分野での取り組み

上述のように福島第一原子力発電所事故後、自然エネルギーの普及と脱原発を掲げて精力的な活動を続けている。発電コストについてはアメリカにおいて補助金の助けで風力発電と原子力発電のコストが2010年に逆転したとし、自然エネルギーの方が原子力より安価であるとの立場に立っており、自家発などで生産された自然エネルギーを電力会社が買取る再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法の成立に対して期待感を示している。

しかしながら、孫の動きを震災に便乗した補助金ビジネスとして「政商」と批判するメディアもある。孫を取材し尊敬していたという堀義人も孫をツイッター上で批判し、その批判に孫が応えて討論会を実施する運びとなった。民主党の原口一博は孫の立てた大規模太陽光発電所(メガソーラー)構想に対して「太陽光か原発かという選択肢ではありません。『大規模・独占・集中・排除』か『小規模・分散・自立・共同』で選択しないといけない」と忠告したと言う。

孫の脱原発運動は日本限定の活動であり、訪韓して李明博大統領と会談した際には「脱原発は日本の話。韓国は地震が多い日本とは明らかに異なる」「安全に運営されている韓国の原発を高く評価している」と韓国の原子力発電所を高く評価していると言う。但し自然エネルギー分野では日韓協力の体制を敷くことに前向きなコメントを残している。 

東日本大震災を受け孫が経営するソフトバンクは電力供給と料金面で有利な韓国にデータセンターを立ち上げることでKT社と合意した。孫は韓国にデータセンターを置く利点として、「近い」「安い」「高いICTの先進性」の3点を挙げ、「韓国は非常に『近い』外国であり、産業用電気料金が日本の半額で『安い』」ことを挙げている。堀は、上述の産経新聞記事にて、この件を原子力発電で電力を賄っている韓国に産業を移転し日本の産業を空洞化させるものとして批判している他、池田信夫はニューズウィーク日本版の連載コラムにて「メガソーラーで日本の電気代を上げて他社のコストを圧迫する一方で、ソフトバンクは韓国の原発でつくった安い電気を使ってもうけようというわけだ。」という批判を紹介し「彼の挑戦がもう少しツボにはまれば、霞ヶ関にも応援団はかなり出てくるだろう」と評している。

エピソード

少年時代のエピソード

佐賀県鳥栖市の朝鮮人部落で幼少期を過ごした。豚や羊と一緒に生活する非常に貧しく不衛生な場所であったが、「今だから言えるが密造酒も家で作っていた」と週刊ポストのインタビューで述べるとともに、父親の三憲が密造酒製造販売とサラ金・パチンコ業で大成功し、長じてはパチンコ店数十店舗を所有し、外車を何台も保有するほどの裕福な時期もあったことも明らかにしている。また、現在韓国で暮らしている父親の孫三憲も一時期、金融業や密造酒を家業としていたことを明らかにしている。孫家は父親の方針の元、将来は韓国大統領を目指すよう教育されるなど非常に勉強熱心な家風であった。「足が汚水につかるような場所で苦学して」部落を出て成功した。現在はパチンコ店の経営から退いている三憲はパチンコは客が必ず負けるものであるので好きではないと佐野眞一に述べている。

学生時代のエピソード

小学生時代
父三憲は小学生の正義に対し「今度お父さんが出す新製品に、何か言いたい事はあるかな」と聞き、子ども扱いせずに関係者の一人として意見を聞いていた。こうした体験が後に経営者としての手腕に繋がって行った。また「お前は在日韓国人だから、普通の日本人より頑張らないと出世出来ないぞ」と語っていた。
理想の起業家像
「最も好きな起業家」は本田宗一郎であるという。
藤田田を訪問
高校生時代、藤田田に会うために藤田の会社に行く。最初は門前払いを受けるが、何度も訪れて根負けした藤田についに社長室に通されたという。そこで「今度渡米するのだが、アメリカで何をすべきか」と尋ね、コンピューター関連を学ぶように助言された。その後成功した孫は藤田を食事に招待し、藤田はあの時尋ねてきた高校生が孫正義だったかと驚き、非常に感激し、孫の会社に自社パソコン300台を発注したという。
人生の目標
19歳の時に、「20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を最低で1,000億円貯め、40代でひと勝負し、50代で事業を完成させ、60代で事業を後継者に引き継ぐ。」という人生50年計画を立て、今もその計画の実現に向けて走り続けているという。
大学の検定
カリフォルニア州での大学の検定試験の際に、「この問題は日本語ならば必ず解ける。」と言い、辞書の貸し出しと時間延長を試験官に申し出た。試験官は、自分の上司にあたる人間に相談。さらにその上司は、自分の上司に相談。そうこうしているうちに、最後は州知事にまで孫は電話で交渉して、「辞書の貸出し」と「時間延長の要求」をのませたという逸話が残っている。
さらに、州知事との交渉において知事は「厳密な終了時間」を決めておらず、「辞書を引くのに適当な時間だけ延長する」という結論が出されたことから、無期限の時間延長と孫は独自解釈して、最後までテストを受けて合格したという。
インベーダーゲーム
自動翻訳機の売込みで得た資金(1億円)を元手に、米国でソフトウェア開発会社の「Unison World」を設立。日本で、流行していた「スペースインベーダー」を、ブームが沈静化した後に大量に安価で買い取り、アメリカで売り出して大きな利益を得た。

成年後のエピソード

通名ではなく本名で起業
ソフトバンクの前身であるユニソン・ワールドを起業する際、日本名である「安本」ではなく韓国名の「孫」の名前で会社を興すことを決め、そのことを一族に伝えたが、親・親戚には、在日が日常生活で差別されることはかなり減ったが、就職では間違いなく差別され、銀行も絶対金を貸さない、お前の認識は甘い、ハードルは十倍あがる、わざわざ好んでその難しい道を行くのか、と猛反対された。それに対して孫は「たとえ十倍難しい道であっても、俺は人間としてのプライドを優先したい、俺はどれだけ難しい道だって堂々と正面突破したいんだ」 と答えた。一族からは「お前は青い」とも言われたが、父親は何も言わず黙って孫の話を聞いていたという。孫の名前にこだわった理由はもう一つあり、それは渡米する際に心に決めた志と通名による起業が矛盾するということであった。孫は佐野眞一に対して「何十万人といる在日韓国人が、日本で就職や結婚や、それこそ金を借りるとき差別を受けている。 でも在日韓国人であろうが、日本人と同じだけの正義感があって、能力がある。それを自分が事業で成功して、 証明しなきゃならないと思ったんです。これからの在日の若者に、それを背中で示さなきゃいけないのに、俺が 本名を隠してこそこそやったんじゃ、意味がなくなるじゃないか、アメリカに行った目的が達成できないじゃないか。 あとから、あの事業を興したのは、実は孫でしたと言ったって……」(NEWS ポストセブン 2012/1/4 孫正義氏「安本」ではなく「孫」を名乗った時親戚は反対したより引用)と述べている。
勝負するなら相手が大きい方がいい
孫がヤフーBBのブロードバンドビジネスを始めるにあたり、取り巻きの太鼓持ちの人が驚いて「孫社長、本気であのNTTと戦おうというおつもりですか? こっちはどう見ても竹槍程度の兵力です。竹槍部隊であの強大なNTTという軍艦に立ち向っていくようなものですよ、それでも本気であなたは戦うおつもりですか?」と聞いたところ、孫はしたり顔で「男が勝負するんならNTTぐらいの大きさがちょうど良いんだよ、それ以下だったら弱いものイジメだよ」と答えて太鼓持ちを驚かせたという。
将来はヤフーを子会社化
孫は2005年に雑誌の取材で「近い将来アメリカのヤフー本社も買収して子会社化しようと思う」と話している。もっとも米国のYahoo!はかつてソフトバンクが筆頭株主だった。
噂にはコメントしない
ソフトバンクの新機種発表会で、「iPhone 3Gの発売はソフトバンクからか」と質問された時の発言。「iPhone 3GS」の発売前にも、同じコメントを残していた。
しかし2010年7月19日、かねてから噂となっていた「在日割引」の存在について、一般ユーザーからの「ソフトバンクがそのような割引をしているのはデマか?」との質問に対し、直接の返答と詳細な経緯の説明を行った。これによれば、「この割引プランはデマ。2008年に代理店がソフトバンクの許可無く販売したが、ソフトバンク側が認知した後に書面で通知し、当該の割引営業行為を停止させた」としている。ソフトバンクモバイル広報室も「この割引プランは、弊社の代理店が民団と勝手に取りまとめたもので、弊社サービスではありません」としている。実際、この割引の噂話が上がる以前から、代理店が類似の格安プランを設定し法人向けに営業を行っていた事はネット上でも取り沙汰されていた。
首相四年連続辞任時に「日本の不幸」
2010年、Twitterユーザーから首相辞任にコメントを求められた際に、「4人の首相の任期が1年程度。民間会社ですら社長任期が1年では大きな事は成し得ない。日本の不幸」と述べた。
政府への犯行予告
2010年5月18日、ソフトバンクモバイル新機種発表会・記者会見で記者から、Twitterがフィルタリングされていることについての質問を受けた孫はUstreamで会見が全世界へ中継されている中、「Twitterをフィルタリングすることにより未成年からのアクセスを出来なくするのは、コミュニケーション革命や神への冒涜である。政府がそんなことをするのであれば、総務省にガソリンを持って行って火をつける。これは犯罪予告である」と発言した。後に孫は「完全な冗談だった」と釈明と謝罪をしている。
東日本大震災復興資金の寄付
2011年4月3日、東日本大震災の被災者支援と復興資金として個人で100億円を寄付すると発表した。また、2011年から引退するまでソフトバンクグループ代表として受け取る報酬の全額も、震災で両親を亡くした孤児の支援として寄付するとも発表した。ソフトバンクも企業として東日本大震災に対し10億円の寄付を決定している。孫は3月22日福島県の避難所を訪れ、被災者数万人への携帯電話の無償貸与に加えて、震災孤児対象に18歳までの通信料の完全無料化を表明している。
2011年5月16日、寄付金の配分を発表した。内訳は、日本赤十字社・中央共同募金会・岩手県・宮城県・福島県に各10億円、日本ユニセフ協会などの「震災遺児への支援を行う公益法人」に6億円、茨城県・千葉県に各2億円。40億円は、孫と自治体が共同で設立、孫自身が会長を務める東日本大震災復興支援財団に託す。
2011年6月11日までに、財団分を除く60億円の寄付が各所に行われた。
2011年7月14日に、東日本大震災復興支援財団に残りの40億円が寄付として渡され、全100億円分の寄付が完了した。この寄付金は、10年以上の継続支援ができるよう、被災地の子どもたちを中心とした支援のみに100%使われていくという。
交友関係
孫の経営哲学や考え方に賛同したり心酔したりする者も多く、彼らとの交流も深い。漫才師の島田紳助もその一人であり、孫にメールする際には、わざわざソフトバンクの携帯電話を購入しそれを使ってメールするほどである堀内彰宏「芸能生活を振り返って」『と食事をしているような時間でしたし、帰って感動しましたし、何かいろんなことを喋っていて、自分が成長できました」と回顧している。

脚注・出典

外部リンク

  • *

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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