竹村健一
竹村 健一(たけむら けんいち、1930年4月7日 - )は、日本のジャーナリスト、政治評論家。。
人物
大阪府大阪市生野区生まれ。旧制大阪府立生野中学校の1年生の時に、父の実家のある和田山町(現在の朝来市)に引っ越す。旧制兵庫県立生野中学校に転校。卒業後、旧制姫路高等学校文科甲類(現:神戸大学文学部)に入学するが学制改革により翌年新制京都大学に編入。アメリカ・フルブライト財団主催のフルブライト奨学金制度の第1号としてアメリカのシラキューズ大学に留学。
京都大学文学部英文学科を卒業後、毎日新聞社の英語新聞Mainichi Daily Newsの記者を経て、1963年に山陽特殊製鋼へ入社し調査部長となる。だが1年後に山陽特殊製鋼を退社し、以後は追手門学院大学英文科助教授、拓殖大学客員教授などを経て、マーシャル・マクルーハンのメディア論の紹介で注目されて文筆活動に入る。また、並行してテレビ・ラジオでも出演。
論調は基本的に保守的で友人・知人にも保守派の論客が多く日本共産党や公明党とは主張が異なるものの、政党傾向や人物に偏らず、良いと思えるところは率直に評価する。
広い見識を持ち、テレビなどでもたびたび『英国エコノミスト』、『フィナンシャル・タイムズ』など日本の新聞では紹介されにくい海外紙面からの情報も幅広く紹介する。
論調は、概して親米的で、ハイテク、情報産業を重視する傾向が強い。リゾートとリサーチの「二つのR」が日本の未来を決する、と繰り返し強調。原子力発電の旗振り役もしている。
自身のブログでは、日本のマスコミに出てこない重要なニュースや記事を定期的に発表していた。
ピアノ、社交ダンス、テニス、ヨットを嗜んでおり趣味も多い。また、実業家として太陽企画出版・善光寺温泉ホテル(現在は廃業)を経営。2006年からは『AICJ中学校・高等学校』を運営する学校法人AICJ鴎州学園の理事長も務め、その母体である鴎州コーポレーションの取締役相談役も務めている。
エピソード
- パイプを銜えた独特な風貌、「大体やね」「ブッシュさんはね」(日本で、海外の政治家を「さん」付けで呼ぶことは稀)など、独特の口調や語の強調による特徴的かつ辛辣なトークによる評論を行うことで有名。このため物真似芸では、タモリが芸能活動初期の持ちネタとしており、「だいたいやねぇ」という口癖を使用した。また桑野信義がレパートリーとして加えており、物真似番組では竹村に扮する桑野と竹村本人が共演したことがある。しかめっ面ではあったものの、竹村本人は桑野の物真似にはご満悦だったらしく、本人もバラエティ色の強いCMやみずからのセリフをフィーチャーしたレコードを出すなど、ユーモアのある面も持っている。志村けんも竹村のものまねをしていた時期があった。
- 1980年頃、講演やTV番組などで「仕事ができない奴=資料を持ち過ぎの奴」との持論を展開し自身は1冊の手帳に情報を集約して使っていることを紹介、自らの監修により「これだけ手帳」を発刊し今なお2010年版まで発行が継続している。
- 1985年よりニューヨーク・マンハッタンのMott St.とPrince St.の交差点付近にあるビルの壁面に竹村の肖像壁画が描かれているのCM撮影用に描かれたものであるが、絵を消すには1200万円の費用がかかることや、街路樹の位置の関係でビルの壁面が広告スペースとしては不適で広告会社が手をつけなかったこと、ビルの所有者も気にいっていること、地元の人たちの評判も良いことなどの理由から、2010年現在の今もそのままになっている。
- 日本全国均一の航空運賃の発案者。
- 富田のりこに、番組内で「ドラえもんみたいですね」と言われたことがある。これはいろいろなことを幅広く知っているということを富田流に喩えたのだが、竹村は「ドラえもんゆう漫画があるのは知っとるけどな」と素っ気ない受け答えをしていた。
交遊録
- 中曽根康弘(元首相)
- : 首相になる前からの付き合いで敬愛しているという。
- 渡部昇一(上智大学名誉教授)・堺屋太一(元経済企画庁長官、作家)
- :竹村を含めた3人で三ピン(一)と渾名され、共著書を出したり合同で講演会を催したりする。
- 石原慎太郎(東京都知事、作家)
- : シャイで毒舌な海の男として著書に度々紹介されている人物。
- 盛田昭夫(ソニー創業者の一人)
- : 生前テニス、スキーを共に楽しみ、家族ぐるみの付き合いをしており親友と呼んでいた仲。
- 渡邉恒雄(読売新聞グループ本社会長)
- : 年齢が近いことから時に意見交換をすることがある。本人の弁によると、その場合大抵は、中曽根が仲介しているとされる。
- 大前研一(経営コンサルタント)
- : 大前の著書の中で、スキューバダイビングを共にしている写真が紹介されている。
家族
妻は元宝塚歌劇団の女優・加賀葵(在団1948年 - 1952年)。京都造形芸術大学教授で文化人類学者の竹村真一は長男。国士舘大学教授で思想史家の竹村英二は次男。
メディア出演
テレビ番組
- 竹村健一の世相講談(日本テレビ): - 1978年4月 - 1985年3月
- 竹村健一の世相を斬る(フジテレビ、『報道2001』の前身):司会
- 報道2001(フジテレビ):コメンテーター - 1992年4月 -2008年3月
ラジオ番組
- 竹村健一のミッドナイトプレスクラブ(TBSラジオ 1974年10月 - 1980年10月)
- 竹村健一 パイプ片手に(TBSラジオ 1993年4月 - 1997年3月)
- 竹村健一のずばりジャーナル(ニッポン放送 1978年4月 - 2006年3月31日)
- 世相ホットライン ハイ!竹村健一です(文化放送 1983年10月3日 - 2010年4月4日)
CM
- MSシュレッダー(明光商会) - 1980年
- デリシャスソース(キッコーマン) - 1981年
- アデランス - 1985年
- キンチョール(金鳥)
- オリエントファイナンス(現:オリエントコーポレーション)
- オムロン
- 郵政省(現、日本郵政)
音楽作品
- MOU CORI GORI DA(1981年発表)
- 「愛のコリーダ」(クインシー・ジョーンズ)にあわせて『DA DA DA DA 大体やねぇ』『DE DE DE DE デリーシャスですよ』などと竹村の名言がミックスされた曲。CD「ウルティメイトベシャリストCLASSICS」に収録。
著書
下記以外にも、共著・訳書・監修などを含め、500冊以上の書物を出している。
単独著
- 『世界珍行漫行』、祥伝社、1972年。
- 『竹村健一の世相講談』、エフプロ出版、1977年7月。
- 『竹村健一の逆発想&クイズ』(『実日新書』)、実業之日本社、1978年4月。
共著書
- (堀江貴文)『世界一の金持ちになってみろ!―単純に考えればうまくいく』、太陽企画出版、2004年10月。ISBN 4-88466-409-4
- (日下公人・渡部昇一)『日本の黄金時代が始まる―何を守り何を変えるのか』、太陽企画出版、2005年3月。ISBN 4-88466-413-2
註記
関連項目
外部リンク
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』