中小企業経営─その実践 持続的成長を目指して
経営評論家の元祖 江坂彰氏推薦 持続的成長の秘訣は、「いいときに慢心せず次の手を打ち、悪いときに悲観せず、改革に取り組むこと」。成長企業の実例と先人の教えにもとづく、古めかしくも新しい実践的中小企業経営理論。

目次

序章 中小企業の勝ち残り戦略

第一章 「より多き富の創造」のために実践すべきこと

1.マーケティングの強化なくして成長なし

2.営業力・集客力の強化なくして成長なし

3.生産性向上なくして持続的成長なし

第二章 人を活かし、育て、組織で機能する経営

4.人を活かし、育てる

5.組織で機能する経営

6.『学習』⇔『思考』⇔『行動』のサイクルを回せ

第三章 経営トップに求められる『経営力』

7.経営トップに求められるリーダーシップ

8.『経営力』を鍛える

第四章 持続的な成長を目指して

9.持続的成長は、なぜ困難なのか

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まえがき

経営の世界をフィールドワークして三〇年超になるが、いま痛感していることがある。それは、会社を持続的に成長させることの難しさだ。一代で素晴らしい会社をつくりあげた経営者は数多くいるが、そのまた多くが終わりを全うできないでいる。「ダイエー」の中内功は流通業界に革命を起こし、「ハウステンボス」の神近義邦はテーマパークに新風を吹き込み、起業家として高く評価された。しかしふたりとも、みずから創業した会社から退場を余儀なくされた。最近では、歴史もあり世界的にも名を成し、盤石の体制を持つと思われていた名門企業の凋落が目立つ。
なぜ、多くの企業は持続的に成長できないのか。また、どうすれば成長を手にし、それを持続することができるのか――三〇年超のフィールドワークで得た成果の中に、その答えを求めて、ここ数年思索を続けてきた。その結果をまとめたのが本書だ。

執筆に際して強く影響を受けたのは、かつて宮崎県を日本有数の観光地に育てあげた岩切章太郎の教えだった。岩切は、華厳経に出てくる「六相円融」の話を引用して、会社組織を人間の身体に例えて、次のように説明している。
「六相円融というのは、華厳経に出ている話で、六相とは総相と別相、同相と異相、成相と壊相の六相であるが、六相円融とは、私どもの身体の部分と全体を説いた理論で、身体の各部分、各器官が、それぞれ異なった形状、異なった働きをしながら、常に自分のためでなく、全体を生かすために働き、一方各部分は全体によって平等公平に補給せられるとき、はじめて私どもの健康が完全に保持されるが、もし、これに反して、部分や器官が自分勝手に働いたり、あるいは怠ったりする一方、各部分もまた全体によって不公平な取扱いを受けるということになると、そのとき、私どもの健康が破壊されることを説いた面白い理論である。胃と腸が喧嘩した話がある。胃が腸に向かって、『折角苦労して消化する。そして美味しそうになるとすぐ君の方に流さねばならぬ。すると下の方に寝そべっている君が、それを一人で吸収してしまう。どう考えても僕は馬鹿馬鹿しくて仕方がないから、これから消化するのは止めにする』という。そこで腸が驚いて、『そんな乱暴なことはない。僕が吸収するのは僕自身のためではない。すべてみんなのためではないか』というが、胃は聞き入れない。そしてとうとう胃と腸が喧嘩になってしまって、胃は消化することを止め、腸は吸収することができなくなってしまった。下痢また下痢で身体は弱るばかり、もちろん胃も腸もすっかり衰弱してしまうが、依然としてお互いににらみあって喧嘩を止めない。そこで眼が怒りだした。『君たちの喧嘩で君たちが弱るのは当り前だが、そのため何の関係もない僕たちまでがこんなに弱って、もう目が見えなくなる。一体どうしてくれるんだ』」
この教えは、会社組織が持続的に成長できない理由を見事に説明していると筆者には思える。会社組織にはいくつもの部門があり、やるべき課業がある。それぞれの部門・課業は独立しているわけではなく、相互に作用しながら成り立っているのが会社組織だ。まさに人間の身体と同じなのだが、胃と腸の喧嘩のようなことが、会社組織内でも起こってしまいがちなのだ。喧嘩とまではいかなくても、身体の各器官の強さにバランスがとれていなければ、体調がおかしくなるように、会社組織も、各部門・各課業の能力にバラつきがあれば、いちばん弱いところに会社の成長は制約されてしまうようになる。
持続的に成長できるのは、各部門・各課業が自分たちのためではなく、常に会社全体のためにその役割を果たしている会社なのだ。そんな会社になるためには、トップが、経営の全体像を理解していないといけないのだが、これが意外にできていないのが現状だと筆者は考えている。営業には強いが財務・経理は全く弱いという経営者がいれば、ものづくりには強いが営業はからきし弱いという経営者もいる。いずれも、役員として得手の部門を担当していたときには、それなりの成果を出していたとしても、こうしたタイプは経営トップになったとたんに力が発揮できなくなってしまうのだ。
仕事のできる人間が、いい経営者になれるわけではないのだ。なぜなら、経営者に求められる能力は「仕事力」だけではないからだ。では、優良な経営者になるために身につけておかなければならない能力とはどのようなものなのか。本書では、強い会社組織をつくるために必要な「経営力」について、事例を解説するスタイルで実践に役立つようにとの思いで書いた。

ここ数十年、経営の世界では、数多の経営理論が提唱されてきたが、それらの類は全くといっていいほど取り上げていない。事例は、筆者自身が直接取材して聞いた話をベースにしているし、先人の教えについては、ほとんど本人の著作からの引用だ。
経営の世界にも流行めいたものがあって、その時々において最新の理論が登場してくる。たしかに、一定の条件の下ではその理論は正しいのだろう。しかし、これまでの例から考えて、そうした理論の多くが、時とともに消え去ってしまっている。そこで本書では、筆者が優良だと考える経営者・先人たちに共通する「経営力」に焦点を絞って紹介するように努めた。


本書の流れを、簡単に紹介しておく。

序章では、「中小企業の勝ち残り戦略」について書いた。筆者の取材対象は圧倒的に中小企業が多い。一般的には、中小企業は弱者ととらえられがちだが、筆者は全く違う考えを持っている。本書に詳しく書いたが、経営者の舵取り次第で中小企業は、勝ち残ることができるのだ。ただし、中小企業のトップが、みずからを弱者と考えていたのでは、組織に活力が出てくるわけがない。だからこそ、冒頭に「中小企業の勝ち残り戦略」を紹介しておいたのだ。

第一章では、企業の役割を「より多き富の創造」と定義して、そのために成すべきことについて書いた。富とは、単純には利益のことだが、それはインプット(経費)とアウトプット(売上)の差だ。より多き富を創造するためには、売上を最大にし、なおかつ経営コストを最小にしなければならない。アウトプットを大きくする方策として、マーケティング力と営業力の強化を取り上げ、経営コスト削減では、生産性を向上させる要因について解説したが、いずれも類書にはないアプローチだと自負している。

第二章で取り上げたのは、「人を活かし、育て、組織で機能する経営」だ。「人を活かし」にしたのには理由がある。いま日本企業の多くは、人材育成以前の問題を抱えている。それは、社員のモチベーションが低いため、各人が持てる能力を十分に活かしきっていないということだ。欧米の企業に比して日本企業の生産性が圧倒的に低いことが問題になっているが、その大きな要因のひとつが、ここにあると筆者は考えている。それだけに、企業は人材育成の前に、社員のやる気を引き出すことに力を注がないといけない。そんな思いからこの章では、人材育成のための効果的なプロセスを紹介し、次に岩切の教えに習って「組織で機能する経営」へと話を展開してある。

第三章は、「経営トップに求められる『経営力』」について書いてある。「経営力」とは、会社を持続的に成長させる力で、いくつもの「力」で構成されている、と筆者は考えている。経営トップにとって、とりわけ重要なのは「リーダーシップ」なのだが、最近気になるのは、この言葉があいまいなままに使われているということだ。経営の世界には、「マネジャー」と「リーダー」という言葉が混在している。この章では、「マネジャー」と「リーダー」の違いから説き起こし、優良なリーダーの共通項を紹介してある。なかでも、ドラッカーがリーダーのテキストとして最高と評価した「クセノポン」のリーダーシップについて、筆者の見方を紹介してあるので、ぜひ読んでほしい。
優良な経営者が共通して口にするのは、「変化対応能力」の重要性についてだ。たしかに、自然界の法則を持ち出すまでもなく、「変化に対応できない組織」は自然淘汰されてしまう。では、「変化対応能力」は、どのようにすれば身につくのか。その答えも紹介しておいた。

第四章では、ズバリ「持続的成長」をテーマに書いた。主として取り上げたのは、「創業と守成いずれが難きか」の問答で知られる中国の古典『貞観政要』だ。
『貞観政要』をベースに『帝王学』を書いた作家の山本七平は、「本書を読んでいけば、いま話題になっている問題はすでに論じつくされているといっても過言ではない」と指摘しているが、まさにその通りだった。「守成(持続的成長)」についての、難しさと解決策も、同書の中ですでに語られているが、現在の実践版として「小林一三」「サンエー」「島精機製作所」も紹介しておいたので、これも参考にしていただきたい。

「経営力」は、実践を通じて身につけるのがいちばんだ。しかし、何を学べばいいのかを知ったうえで、日々の経営に取り組むのとそうでないのとでは大きな違いが出てくる。本書によって「経営の全体像」への理解が深まり、日本の中小企業が元気になることを願っている。