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経営の現場は『知恵の宝庫』 疋田文明が注目する元気印企業を事例に 勝ち残る企業像、あるべき経営者像を 探求します。 |
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更新履歴
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富士通富士通株式会社(ふじつう、Fujitsu Limited)は、日本を代表する総合エレクトロニクスメーカーであり、世界的なトータルITベンダーでもある。通信システム、情報処理システムおよび電子デバイスの製造・販売ならびにそれらに関するサービスの提供を行っている。 ITサービス市場のシェアは国内で首位、世界で第3位である(2010年時点)。また、ITアウトソーシング市場のシェアも国内で首位である(2010年時点)。主要品目の国内シェアは、サーバー首位、パソコン2位、移動体通信(携帯電話端末・スマートフォン)2位となっている。「非接触型・手のひら静脈認証」や「電子ペーパー」などの世界初の技術を開発している。また理化学研究所と共同開発中のスーパーコンピューター「京(けい)」が、計算速度の世界ランキングで首位を獲得した(2011年時点)。 CO2排出量の削減にも積極的であり、世界有数のICT専門誌『Computerworld』の『グリーンIT ベンダートップ12社』(IT機器における省エネと、電力を節約してCO2排出を減少させる技術の利用において最も優れているITベンダーのランキング)で、2年連続で世界1位を獲得(2011年時点)。 国内のIT業界・就職人気企業ランキングの総合部門で第2位、メーカー部門で首位にランクインするなど、高い人気を誇っている(2010年時点)。グローバル(世界70ヶ国)にビジネスを展開し、17万2300人を超える連結従業員と3246億2500万円を超える資本金を擁していることから大企業に分類される。通信や半導体も手掛け、電話交換機などでもNECと並び大手であり、古河グループ(古河三水会)に所属する。 概説・沿革1935年6月20日に富士電機製造株式会社(現・富士電機株式会社)の電話部所管業務を分離し、富士通信機製造株式会社として設立。1938年に専用の新工場(現在の川崎工場・本店)を建設して独立、1965年に資本的にも独立し、1967年に商号を省略形の「富士通」と改称した(なお、「富」は古河グループの「ふ」、「士」は、ドイツの電機メーカーであるシーメンス社(ドイツ語では「ジーメンス」社)の「じ」に由来する)。かつて(1978年まで)使用されていた社章は、親会社だった富士電機と同様に○の中に小文字アルファベットの“f”と“s”を組み合わせたものである。 1989年にロゴマークを現在使われている∞マークを冠した“FUJITSU”に変更。それまでのロゴは上下を青の長方形に挟まれた“FUJITSU”あるいは“富士通”だった。(1972年頃から使用していた) 官公庁や電話会社、その他大企業向けの大規模システムを得意としている。また、各種コンピュータ、ソフトウェア、電子デバイス、通信設備などを販売している。 富士通グループのブランドプロミスは、創立75周年となる2010年の3月29日から「shaping tomorrow with you」となる。それまでのコマーシャルメッセージは、当初は輸出向けの「THE POSSIBILITIES ARE INFINITE」(可能性は無限)であった。社内向けに発行されている「富士通技報」では、「夢をかたちに 信頼と創造の富士通」とそれ以前のコマーシャルメッセージが使用されているが、最近では、松たか子らが出演している、CI広告に「夢をかたちに、富士通」というスローガンを併用して使用していた。また、「らくらくホン7」のTVCMからハイビジョン画面を生かしてサイドのどちらか一方に字幕を挿入した字幕入りCMが放映されており、以降、「FMV(らくらくパソコン3及び2010年冬モデルESPRIMO・LIFEBOOK)」や企業CMでも字幕入りとなっている。合わせて、FMVの2010年冬モデルのTVCMよりブランドプロミスの「shaping tomorrow with you」を表記したサウンドロゴに変更となった(30秒以上のロングバージョンでは「FUJITSU shaping tomorrow with you」とアナウンスされる)。 2009年9月25日間塚道義が代表取締役会長 兼 社長に就任。 なお、歴史的経緯から登記上の本店は神奈川県川崎市中原区の川崎工場内にあるが、本社機能は東京都港区の汐留シティセンター(東京都港区東新橋一丁目5番2号)にある。 なお、かつての親会社で母体となった現在の富士電機ホールディングスはじめ富士電機グループとは、互いに株を持ち合う、役員を相互に出し合う、同等の取引・パートナー関係、共同で新会社を設立するなど兄弟会社のような関係となっている。 2009年8月27日、フランクフルト証券取引所へ上場廃止を申請。また翌8月28日、スイス証券取引所へ上場廃止を申請。 2009年9月、社長・野副州旦が辞任。富士通はこの時点で辞任の理由を「病気療養のための自発的辞任」と公表した。同月25日、会長・間塚道義が社長を兼任する人事を発表したが、その後、野副が自らの社長辞任の取り消しを求める文書を提出。野副は辞任した日に取締役相談役・秋草直之らから「社長としての不適格性」を理由に辞任を迫られたと主張し、辞任理由を「病気療養のため」とした富士通の説明を否定した。翌年の2010年3月6日、富士通は臨時取締役会にて野副を相談役から解任した。同時に当初の社長辞任の理由を翻し、「当社が関係を持つことはふさわしくないと判断した企業と関係を続けたため」と公表しお家騒動が発覚した。 2010年6月17日、携帯電話事業を東芝と統合させる事を発表した。同年10月1日に、東芝とともに、同社が株式の8割超を持つ新会社・富士通東芝モバイルコミュニケーションズの事業を開始。富士通は、2009年度の携帯電話出荷台数で日本国内3位であったが、東芝との統合により2位に浮上する。 2010年7月12日、Microsoft(および、日本マイクロソフト)との戦略的協業により、クラウドの世界戦略を強化する事を発表した。 主な製品パーソナルコンピュータ
PDA
ワープロ専用機
オープン系サーバ
IAサーバ
ミニコンピュータ
メインフレーム
スーパーコンピュータ
ストレージシステム
フォールトトレラント・ノンストップシステム
超並列マシン
ソフトウェア
ATM販売のみ。製造は富士通フロンテックが行っている。ATMのシェアでは大手に属する。防犯上、機器仕様は公開していない。
携帯電話・PHS
かつてはデジタルホングループ(現ソフトバンクモバイル。J-PHONEになって以降は供給なし)、ツーカー(廃業)にも供給していた。 電話交換機
ネットワーク機器
ネットワークサービス
マイコンキット
ハードディスクドライブ
不採算事業の為、2009年10月1日をもってドライブ事業は東芝へ、記憶媒体事業は昭和電工へ事業を譲渡した。 主な製造・研究拠点
グループ会社上場会社
非上場会社
ほか 日本国外の会社
ほか グループ外の主な出資会社
日立プラズマディスプレイ株式会社(旧・富士通日立プラズマディスプレイ株式会社)の19.9%の株式を保有していたが、2008年3月に全株式を日立製作所に売却している。 なお、エレベーター専業メーカーのフジテック株式会社は富士通と類似したロゴだが、富士通グループとの資本・人的関連は一切ない。 提供番組(過去に提供された番組も含む)
富士通の評価
脚注関連項目
外部リンク |
「トップが変われば組織は変わる」―そんな考えを持つ疋田文明が主宰する中小企業経営者のための会員制勉強会
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