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更新履歴
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山谷えり子山谷 えり子(やまたに えりこ、本名:小川 惠里子(おがわ えりこ)、1950年〈昭和25年〉9月19日 - )は、日本の政治家。参議院議員(2期)。元衆議院議員(1期)。
来歴
東京都武蔵野市生まれ(出身は福井県)。父は元福井新聞、産経新聞記者で、ニッポン放送で『山谷親平のお早ようニッポン』を担当し、「ラジオパーソナリティ」という言葉を日本で初めて使ったといわれる山谷親平。
福井県で幼少期を過ごす。東京都立駒場高校から聖心女子大学文学部を経て出版社に入社し、のち渡米する。帰国後は日本テレビ系『ウィークエンダー』のリポーター、『サンケイリビング新聞』編集長、政府広報番組のニュースキャスターとして活動。また、中央児童福祉審議会委員や東京都社会教育委員など政府や自治体の審議会委員を歴任した。
政歴
- 1989年(平成元年)
- 7月 - 第15回参議院議員通常選挙で比例区に民社党公認(名簿5位)で出馬も、落選。
- 2000年(平成12年)
- 6月 - 第42回衆議院議員総選挙で民主党から比例東海ブロック(比例単独1位)に出馬し衆議院議員初当選。
- 9月 - 民主党次の内閣教育科学技術大臣。(翌年9月退任)
- 2002年(平成14年)
- 12月 - 熊谷弘らと共に民主党を離党。保守新党結党に参加。
- 2003年(平成15年)
- 11月 - 第43回衆議院議員総選挙で東京4区から保守新党公認で出馬し大田区議犬伏秀一の支援受けたが落選。総選挙直後に保守新党は解党し、自民党に合流。
- 2004年(平成16年)
- 7月 - 第20回参議院議員通常選挙で自民党から比例区に出馬し、参議院議員初当選。
- 2005年(平成17年)
- 8月8日 - 衆議院解散(郵政解散)。第44回衆議院議員総選挙にて、山谷も刺客としての出馬を取り沙汰されたが固辞し稲田朋美をスカウト。
- 11月2日 - 第3次小泉改造内閣の内閣府大臣政務官に就任。
- 2006年(平成18年)
- 9月 - 安倍内閣発足に伴い内閣総理大臣補佐官(教育再生担当)兼内閣官房教育再生会議担当室事務局長に就任した。父の出身地である自民党福井県連に所属。
- 2007年(平成19年)
- 8月27日 - 安倍改造内閣の内閣総理大臣補佐官(教育再生担当)兼内閣官房教育再生会議担当室事務局長に留任。
- 9月7日 - 内閣官房教育再生会議担当室事務局長を離任。
- 9月26日 - 福田康夫内閣で内閣総理大臣補佐官(教育再生担当)に再任。
- 2008年(平成20年)
- 8月 - 内閣総理大臣補佐官(教育再生担当)を退任。
- 2009年(平成21年)
- 9月 - 2009年自由民主党総裁選挙で西村康稔推薦人、参議院環境委員長
- 2010年(平成22年)
- 7月 - 第22回参議院議員通常選挙で自民党から比例区に出馬し、再選。
現在、自民党女性局長、自民党拉致問題対策特命委員会事務局長、自民党シャドウ・キャビネット拉致問題担当副大臣。
主な所属議員連盟など
- 日本教職員組合問題究明議員連盟 事務局長
- 日韓議員連盟
- 北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟副会長
- 日本の領土を守るため行動する議員連盟 会長
- 教育再生・地方議員百人と市民の会 顧問
- 再チャレンジ支援議員連盟
- 神道政治連盟国会議員懇談会 副幹事長
- 平和を願い真の国益を考え靖国参拝を支持する若手議員の会幹事長
- 日本のうたとおはなし伝承普及議員連盟幹事長
- 専修学校等振興議員連盟幹事・事務局次長
- 創生『日本』副幹事長
- 日本会議国会議員懇談会政策審議副会長
- 武道議員連盟理事
- 携帯電話から小中学生を守ろう勉強会幹事
- 皇室の伝統を守る国会議員の会
- 新憲法制定議員同盟
- 日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会
- 中国の抗日記念館から不当な写真の撤去を求める国会議員の会
- 珠算教育振興議員連盟
- 和装振興議員連盟
- アジアの子供たちに学校を作る議員の会
- モラロジー議員連盟
- ユニセフ議員連盟
- ガールスカウト推進議員連盟
- 自然体験活動推進議員連盟
- 幼児教育議員連盟
- 米消費拡大・純米酒推進議員連盟
- 全国温泉振興議員連盟
- 映画議員連盟
- 活字文化議員連盟
- 日本伝統文化活性化議員連盟
- 国語を考える国会議員懇談会
- 母子寡婦福祉対策議員連盟
- 日本傷痍軍人援護議員協議会
- オイスカ国際活動促進国会議員連盟
- 賃貸住宅対策議員連盟
- アジア・太平洋国会議員連盟
- 日米国会議員連盟
- 日本・アフリカ連合(AU)友好議員連盟
- 日本イスラエル友好議員連盟
- 日本・台湾経済文化交流を促進する若手議員の会
ほか多数。
山谷えり子『日本よ、永遠なれ』扶桑社新書070、2010年、27~28頁
主張・活動
- カトリック信徒であり、カトリック教会系のラジオ宗教番組心のともしびに出演中。また平和靖国議員連盟の幹事長、神道政治連盟国会議員懇談会の副幹事長として首相の靖国神社参拝を求める運動を推進し、靖国神社や護国神社を頻繁に参拝しているほか、神社新報に「杜に想ふ」のタイトルでコラムを執筆中。更には日蓮宗系の新宗教佛所護念会教団の支援を受けた参議院選挙当選直後から身延山に度々参詣している。
- 2006年(平成18年)5月13日、マリンメッセ福岡で開かれた、統一教会系団体である天宙平和連合の「祖国郷土還元日本大会」福岡大会(合同結婚式も同時に行われた)に、各議員らと共に祝電を打っていた。
- 日本会議国会議員懇談会監事、神道政治連盟国会議員懇談会の副幹事長として首相の靖国神社参拝を求める運動を推進している。
- 山谷は結婚後も旧姓を名乗り、2000年(平成12年)9月には夫婦別姓選択制導入などを盛り込んだ民法改正案の推進を求める申し入れに署名する等、夫婦別姓推進論者であったが、一転、2001年(平成13年)11月統一教会系の日刊紙世界日報における夫婦別姓反対キャンペーン連載では2回にわたって夫婦別姓に慎重な姿勢を表明した。
- 他の女性議員と大きく異なる点に、ジェンダーフリー教育や、ポジティブアクションに否定的な意見を述べるなどの政治行動が挙げられ、これは統一協会の唱える純潔運動思想とも一致。統一協会から非常に強く支持されている。そのため女性からの支持が弱いとすると指摘もある。
- 保守新党保守党入党は比例代表選出議員の政党間移動が禁止されるため、法律の抜け道を利用して新たに保守新党結党し参加。2003年(平成15年)の第43回衆議院議員総選挙では東京4区から出馬し落選。
- 民社協会では、子供の勉強し過ぎ・詰め込み教育がイジメやオウム真理教事件につながったとし、「ゆとりを推進すべし」という趣旨の文章を寄稿していたが、現在は「ゆとり教育は学力低下につながった」と批判している。
- 1996年(平成8年)には、旧郵政省「高齢者・身体障害者の社会参加支援のための情報通信の在り方に関する調査研究会」メンバーとして、パソコンを通しての雇用創出やそのための通信料金低減の提案を行っている。
- 結婚後も、現在まで旧姓(名もかな交じりの通名)を名乗っている。初当選した2000年(平成12年)6月の選挙においては、民主党が公約とした 夫婦別姓選択制を導入する民法改正を自身の公約にも掲げており、同年9月にはその民法改正案の推進を求める申し入れに署名したものの、翌2001年(平成13年)には、一転して民主党の法規には反対するようになった。
- インターネット上の有害サイトに早くから警鐘を鳴らし、パソコン業界に対するフィルタリングシステムの義務付けの必要を国会で主張している。
- ジェンダーフリー教育に反対し、家庭科の教科書や教育機関での性教育を問題視し、国会で取り上げている。2005年(平成17年)には「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクト・チーム」事務局長として、全国調査を行い約3500の事例を集め、過激な性教育が行われるなど教育現場が「異常な状態」になっていると訴えるキャンペーンを展開した。この調査結果を元に、同年暮れの「第2次男女共同参画基本計画」改定の際(過激な)ジェンダーフリー教育が現行法上認められないことが基本計画に明記された。
- 2007年(平成19年)4月、教育再生会議は「親学に関する緊急提言」の概要をまとめた。この概要は、山谷らが主導となって計画したものである。内容は「子守歌を聞かせ、母乳で育児」「授乳中はテレビをつけない」などであり、同年5月にも正式発表される予定であったが、政府や与党内にも慎重論が出て、同年5月での正式発表は見送られた。
- 2009年(平成21年)3月6日、参院予算委員会で長崎県対馬市で過疎化が進み、韓国資本が土地を買収などしている問題を取り上げ、「安全保障と経済振興などの観点から国境離島振興特別措置法の制定を求める」と要請。河村建夫官房長官から「自衛隊施設の拡充、増員も考えていかなければいけない」の回答を引き出した。
- 2009年(平成21年)5月、国会内の記者会見で、日本の業者が開発・販売している「性暴力ゲーム」を批判し、実態を調査するとともに与党が検討中の児童ポルノ規制法の改正内容にも反映させていく考えを示した。
- 中絶に反対しており、2010年(平成22年)5月30日には中絶反対派のNPO法人「天使のほほえみ」主催の講演会において講演している。
- 2011年(平成23年)4月14日、東日本大震災の復興補正予算が議論される中、復興予算捻出のためのODA削減案に反対する超党派連合のメンバーとして名を連ねる。
連載
『産経新聞』のコラム「解答乱麻」に寄稿を行っている。
Wikipedia記事の削除
本記事の履歴によればが夫婦別姓賛成者であったという記述を全面的に支援しているという記述であり、このIPユーザーは円より子の記事http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%86%86%E3%82%88%E3%82%8A%E5%AD%90&diff=prev&oldid=12100635なども編集している。
著書
- 女の子のシークレット・ブック(21世紀ブックス)そっと教えちゃう可愛いレディになる方法 / 主婦と生活社 1978年6月
- 女の子のひみつノ-ト(M.B books)えり子の青春カウンセリング / 実業之日本社 1981年9月
- 失敗しないオトコ選び / 学習研究社 1980年10月
- 別居結婚を実行してみたら…(21世紀ノベルス)/ 主婦と生活社 1980年11月
- 女性のすべての美しさと魅力を発揮する法(エスカルゴ・ブックス)/ 日本実業出版社 1983年7月
- 嫁姑合戦えり子の場合 主婦の友社 1983年11月
- 山谷えり子の手作り料理おもしろレシピ(実用まんがシリ-ズ)/ 講談社 1984年8月
- 走りつづけて父・山谷親平五千六百一回の朝 / ニッポン放送プロジェクト(扶桑社)1985年11月
- レディになるための魅力講座(エスカルゴ・ブックス)目に見えて!センス・アップ / 日本実業出版社 1986年1月
- 山谷えり子の元気印子育て日記 / 主婦の友社 1987年10月
- マスコミ志願この指とまれ!山谷えり子のマスコミ最前線レポ-ト /講談社 1988年6月
- Marketing女ごころを掴まえて / 日本実業出版社 1990年5月
- はりきりママのかしこい子育て / PHP研究所 1991年1月
- 人生について、父から学んだ大切なこと。 / PHP研究所 1991年9月
- ねえ、おかあさん / 女子パウロ会 1992年4月
- ティアラの輝くとき / 女子パウロ会 1994年8月
- 日本よ、永遠なれ / 扶桑社新書 2010年4月1日 ISBN 978-4-594-06163-0
共著
- こんにちはマイ・ラブ(ピチレディシリ-ズ)/ 学習研究社 1982年7月
- あなたの笑顔をとりもどすヒント / PHP研究所 1997年9月
- かあさんがすき / 生命尊重センター 1999年4月
- サッチャー改革に学ぶ教育正常化への道 / PHP研究所 2005年4月
脚注
外部リンク
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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「トップが変われば組織は変わる」―そんな考えを持つ疋田文明が主宰する中小企業経営者のための会員制勉強会
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